ユネスコ憲章記念日
1946(昭和21)年のこの日、ユネスコ憲章が発効し、国連教育科学文化機関(ユネスコ)が発足した。
日本は1951(昭和26)年7月2日に加盟しました。
今日のおもな出来事
- 1922年 ハワード・カーターがツタンカーメン王の墓の入口を発見。
1980年 巨人の王貞治と西武の野村克也が現役を引退。
1989年 オウム真理教被害者の為に活動していた坂本堤弁護士一家が突然行方不明に。1995年にオウム真理教関連事件の捜査で3人の遺体発見。
2000年 宮城県上高森遺蹟等で発見された前期旧石器が、東北旧石期文化研究所の藤村新一副理事長(当時)による捏造であったと判明。
2008年 音楽プロデューサーの小室哲哉が詐欺容疑で逮捕。
2008年 米大統領選で民主党のバラク・オバマが当選。
今日の昔話
むかしむかし、あるところに、とてもなまけ者の息子がいました。
毎日仕事もしないで遊んでばかりいるので、怒ったお父さんがお金とやせたウマを渡して言いました。
「これをやるから、さっさと家を出て行け!」
家を追い出された息子は仕方なく、ウマに乗って旅に出ました。
しばらく行くと、子どもたちが一羽のトンビをつかまえて、たたいたり、けったりしていじめていました。
それを見た息子は、トンビがかわいそうになって言いました。
「わしに、トンビをゆずってくれないか? その代わり、お金をやるから」
「うん、いいよ」
息子はお父さんからもらったお金を全部子どもたちにあげて、子どもたちからトンビを受け取りました。
息子はトンビを抱いて旅を続けると、やがて大きな川に出ました。
「まあ、何とか渡れるだろう」
息子がウマに乗ったまま川の中を進んでいると、川のまん中あたりでウマが急に暴れ出したのです。
「うわぁ、どうしたんだ?! ウマよ、とにかく川から出るんだ!」
息子は何とか、ウマを岸にあげました。
そして馬をおりて調べると、なんとウマの尻尾にカッパがしがみついていたのです。
息子はカッパをつかまえると、カッパに言いました。
「どうして、ウマの尻尾につかまるんだ?! もう少しで、川へ落ちるところだったじゃないか!」
するとカッパは、手を合わせてあやまりました。
「かんべんしてくれ。おら、ウマのお尻が好きだから、つい手を出したんだ。でも、もう二度としないから、かんべんしてくれ」
「いや、かんべん出来ない。頭の皿をたたきわってやる」
「と、とんでもない! 皿をわられたら、おら、死んでしまうだ。おらの宝物を持って来るから、それでかんべんしてくれ」
「よし、それなら助けてやろう」
「すまねえ。さあ、川へもどって宝物を取って来るから、おらの手をはなしてくれ」
息子がカッパをつかまえていた手をはなしてやると、カッパは大喜びで川まで走って行きました。
そして息子にあかんべーをして、こう言いました。
「やーい、だまされおって。そう簡単に、カッパの宝物を渡すものか」
すると息子は、抱いていたトンビを見せて言いました。
「カッパよ。このトンビはな、火の中だって水の中だって入って行って、お前の頭の皿をわる事が出来るんだぞ」
それはを聞いたカッパは、びっくりです。
カッパは急に態度を変えて、息子に言いました。
「いっ、いやじゃなあ。さっきのは、ただのじょうだんじゃ。何しろカッパは、約束を守る事で有名なんじゃ」
カッパは川に飛び込むと、しばらくして古い木づちを持ってきました。
「お待たせ。これがカッパの宝物だ」
「何だこりゃ?」
「知らねえのか? これはうちでの小づちといって、ふるとほしい物が出てくるぞ」
「本当か?」
息子はためしに、木づちをふってみました。
すると木づちから、豆粒が一つ転がり出ました。
「何だ? 豆粒が一つしか出ないじゃないか! わしをバカにするつもりか! トンビに皿をわらせるぞ!」
「と、とんでもない! だまってふれば豆粒しか出ないが、欲しい物の名前を言ってふれば何だって出るんだ」
カッパはそう言うと、川の底へもぐってしまいました。
「よし、欲しい物の名前を言えばいいんだな」
息子は、お腹が空いていたので、
「ぼたもち出ろ」
と、言って、木づちをふりました。
すると本当に、目の前にぼたもちが現れたのです。
「なるほど。こいつはすごい!」
息子はぼたもちを食べて腹ごしらえをすると、ウマに乗って家へ帰りました。
家に帰ると、お父さんがこわい顔で言いました。
「なにしに、帰ってきた!」
すると息子は木づちをふって、お金やお米を出してみせました。
するとお父さんは、とても喜んで、
「もう、どこへも行くな」
と、言ったのです。
カッパにもらった木づちのおかげで、お父さんと息子とトンビは、いつまでも仲良く暮らしたという事です。
今日の雑学
打ち出の小槌から米が自適たということで、米に関した雑学を一つ。
米どころと言えば、日本海側に多いのはなぜでしょう?
自称「米どころ」は全国各地にありますが、自他ともに認める「米どころ」といえば、秋田県、山形県、新潟県、宮城県、富山県、福井県あたりでしょう。
宮城県を除けば、すべて日本海側に位置しますが、日本海側のお米がおいしいのにはそれなりの理由があります。
もともと、米の原産地は、インドのアッサム地方。
インドと聞けば、熱帯地方のように思えますが、アッサム地方はヒマラヤ山麓に広がる平原地帯で、昼間と夜間の気温差が激しいところです。
そのような場所を原産地とすることもあって、おいしいお米を作る条件は、昔から昼夜の温度差があることとされてきました。
東北地方や北陸地方の日本海側といえば、寒いというイメージを持っている人が多いでしょうが、夏の日照時間は、太平洋側とほとんど変わりません。
むしろ日射量は太平洋様側より多いくらいで、日中の気温は結構高いのです。
というのも、夏場の季節風は冬と違って太平洋側から吹くからです。
太平洋高気圧からの湿気を含んだ季節風は、日本アルプスなどの山脈に遮られて湿気を失い、日本海側へは乾いた風が吹き下ろしてきます。
すると、いわゆるフェーン現象が起きて気温が高くなり、日本海側の夏は好天気が続き、湿度は低くなります。
ただし、空気が乾いてる分、夜間には気温が下がり、昼夜の寒暖差は大きくなります。これがお米にはベストの気候条件なのです。
また、冬の東北・北陸には豪雪が降りますが、その雪解け水は米作りに大きく貢献しています。
本日もご覧いただきありがとうございました。
それではまた、明日の「今日は何の日?」でお会いしましょう。